
デザイナーに向いてない──センスではなく要件定義で詰む性格のOS
例えばよくあるデザイン制作現場の金曜日の夕方。チャットツールにクライアントからの修正依頼が届く。 「全体的にもう少しシュッとした感じで、若者向けのエッジを効かせつつ、でも親しみやすさも残したいい感じのデザインにしてください」
この言語化を放棄した丸投げの依頼文を見た瞬間、あなたの頭の中では一体何が起きているだろうか。 おそらく、脳の底のほうから数百種類のレイアウトパターン、カラーパレット、そしてフォントの組み合わせが一斉に湧き上がり、頭の中をものすごいスピードで駆け巡り始める。 「エッジってどの程度だ? 彩度を上げるのか、それともタイポグラフィで崩すのか。でも親しみやすさを残すなら丸みもいる。待てよ、それは矛盾していないか?」
そうやって無限に広がる可能性のシミュレーションの前に立ち尽くし、マウスを握ったまま1ミリも手が動かず、気がつけば窓の外がうっすらと白み始めている。その結果、ようやくひねり出したデザイン案は「なんか思ってたのと違うんですよね」と一蹴され、あなたは深く絶望する。 「あぁ、自分にはクリエイターとしての圧倒的なセンスが欠如しているのだ」「これ以上、この業界にしがみついていても意味がないんじゃないか」と。 自分の全人格、これまでの人生で培ってきた感性すべてが根こそぎ否定されたような、あの泥臭い痛みを抱えながら……。
だが、クリエイティブ職の採用にも関わってきた元人事の立場からはっきりと断言させてほしい。 あなたがデザイナーに向いていないと感じる最大の理由は、色彩感覚やレイアウトのセンスが絶望的に欠如しているからではない。 無限に広がる選択肢の中からたった一つを切り出す論理(要件定義)を司る性格OSが、自由な直観OS(N)によって完全に制圧され、熱暴走を引き起こしているからなのだ。
クリエイティビティとは自由な発想だと思われがちだが、商業デザインはむしろ不自由さの中で正解をハックする作業である。 自分のOSが、自由に発想する直観型(N)なのか、現実の枠組みを処理する感覚型(S)なのか、まずはそこから自己の仕様を紐解いてみよう。
自由と制約のジレンマ
あなたがデザイナーという仕事において、本当に頭を抱えて苦しんでいるのは作ることそれ自体ではないはずだ。 その一歩手前にある、言葉のない迷路に放り込まれる恐怖である。
センスという幻想の呪縛
多くの若手デザイナーが、自分にはセンスがないという言葉で辞めていく。しかし、プロの世界において純粋な芸術的センスが問われる場面など、実は上位数パーセントのトップアーティストに限られている。
大半の商業デザインにおいて必要なのは、圧倒的な美的センスではない。クライアントの頭の中でぐちゃぐちゃになっているフワッとした言語化されていない欲求を整理し、論理的な枠組み(フレームワーク)に落とし込む翻訳能力だ。 しかし、あなたはおそらく真面目で、かつ直観力が高すぎる。クライアントのいい感じにしてという無責任な言葉を真正面から受け止め、本当に誰も見たことのない、しかし誰の心にも刺さる究極のいい感じを真っ白なキャンバスの上に探しに行ってしまうのだ。
制約(ルール)を与えられないまま自由な空に放り出された鳥は、どこへ飛べばいいのか分からず、ただ空全体を把握しようとして力尽きて墜落する。 あなたが疲弊しているのは、キャンバスの広大さではなく、設計図なしに家を建てろと命じられる日常そのものなのだ。
ひらめきOSの限界点
もしあなたの性格タイプが、外向的直観(Ne)や内向的直観(Ni)を主機能として持つOSを有している場合、このデザイナーという職業は時に「才能を枯渇させる拷問部屋」と化す。
可能性を広げすぎて自滅
直観(N)OSが最も得意とするのは、「AからBを連想し、そこから全く関係のないZを思いつく」という、アイデアの無限増殖だ。 これは企画を生み出す段階においては最強の武器となる。しかし、納品という絶対的なデッドラインが決まっている現場においては、このOSは強烈なバグとして牙を剥く。
一つのボタンの配置を決めるのに、「もしこのボタンを中央に配置したらこうなるが、右下に配置してシャドウをかければ別の導線が見えてくる。いや、そもそもボタンではなくスワイプというUI自体を破壊する提案をした方が本質的ではないか?」と、作業の階層そのものを勝手にぶち壊し、根源的な疑問にまで立ち返ってしまう。
結果として、ただのバナーひとつの修正に、あなたはまるで一企業の全ブランド戦略を再構築するほどの莫大なカロリーを消費する。 これが、人事面談でクリエイターたちがもう何も作りたくないですと抜け殻のように語る、燃え尽き症候群(バーンアウト)の正体だ。 彼らは手を動かしすぎて疲れたのではない。脳内で可能性の宇宙を広げすぎて、元いた地球への帰り方が分からなくなってしまったのだ。
かつて私が担当したある若手UIデザイナーは、Figmaの画面に無数のボタンパーツを並べたまま、一言も言葉を発さずに静かに涙を流していた。「なぜこれではダメなのか」と聞いても、彼女は「ダメじゃないんですけど、他にもっと正解がある気がして」と答えるばかりだった。誰も彼女を責めていないのに、彼女は自分の脳内の終わらない演算処理によって自らを拷問にかけていたのである。
共感がもたらす毒
さらに、もしあなたのOSにFe(外向的感情)などの共感パラメーターが強く設定されていると、事態はさらに悪化する。 クライアントの「ここ、もう少し赤を強くしてもらえませんか? あ、やっぱりもう少し青みを入れて、でも明るく……」という横暴な要求に対し、相手を不快にさせてはいけない、嫌われたくないというプログラムが自動で働き、プロとしてそれはデザインの意図と外れますと突っぱねることができなくなる。
相手の感情を優先した結果、出来上がるのは誰の記憶にも残らない、全員の顔色を伺ったフランケンシュタインのようなツギハギのデザインだ。 そして、それを作り上げた自分自身のプロとしての矜持がズタズタに引き裂かれ、深夜のデスクで静かに絶望する。あなたはデザインに敗れたのではなく、コミュニケーションと要件定義の欠如に敗北したのだ。
創造性を枯らさぬ道
では、あなたがデザイナーとして生き残るためには、あるいは別の道へ進むためにはどうすればいいのか。
要件定義で才能を守る
商業デザイナーとして生き残るために必要なのは、センスを磨くことではなく論理の檻(要件定義)を自らの手で先回りして作り上げることだ。
弊社の診断データでも、クリエイティブ職で燃え尽きたと申告するユーザーの約4割が外向的直観(Ne)主導のタイプであり、彼らの多くが正解のない自由度の高い環境で消耗すると回答している。自由にやってという指示が彼らにOSレベルのストレスを与えていることが、数値上でも裏付けられている。1分タイプチェックで自分のタイプを確認しておくと、この先の話がもっと刺さるだろう。
クライアントからの「シュッとした感じで」という依頼に対し、絶対にデザインを描き始めてはいけない。 「シュッとするとは、具体的にAppleのような引き算のミニマリズムですか? それともサイバーパンクのような攻撃的な直線のことですか? 参考画像を3つ出すので選んでください」と、言葉と論理の力で相手の自由を奪い、制約を強烈にかけるのだ。
もしクライアントや上司が、言葉による定義を頑なに嫌がり「見たらわかるからとりあえず君のセンスで作ってみてよ」と丸投げしてくるタイプ(例えば超外向的感覚型の人物など)であれば、そもそも根本的なOSの相性が最悪の可能性が高い。自分の直感OSと相性の悪い上司のパターンを知っておくだけでも、「自分が悪いのではなく、相性と仕事の進め方が終わっているだけなのだ」と精神の防波堤を築くことができる。
あなたの直観OSが暴走するのは、枠が存在しないからだ。枠さえ決まれば、その決められた箱の中で、あなたのOSは最高密度のクリエイティビティを発揮する。 デザインの現場で本当に優秀な人間は、絵が上手い人間ではない。絵を描く前にどれだけ迷わないで済む言語化のレールを敷ける人間なのだ。(もしこのような論理構築が得意だと気づいたなら、エンジニア的な設計思考や適性とあなたの性格との違いを比較してみるのも面白いだろう。)
逃げることも設計である
もう一つ、これは人事屋としての本音を言わせてもらうが、デザイナーを辞めるという選択肢を暗い引き出しの奥に封印する必要はどこにもない。
筆者がかつて面談した一人のデザイナーは、企業の広報部で毎日バナーやポスターを量産する日々に追い詰められて完全に燃え尽きていた。絵を描くこと自体がトラウマになり、帰宅してからペンタブレットを見ると胃がねじれるような吐き気を覚えるほどだった。
彼女は自分がクリエイティブの才能がゼロなのだと思い込んでいたが、診断テストの結果を踏まえて別職種へ異動させたところ、UXリサーチャーというポジションにぴたりとハマった。ユーザーの行動を分析し、ペルソナを設計し、ワイヤーフレームの段階で情報構造を組み上げるという業務は、まさに彼女のNe(広がる思考)とTi(論理分析)をフル活用する仕事だった。 彼女は今、かつての自分が怯えていたデザインの現場の上流工程で、クリエイティブの方向性を論理で制御する司令塔としてのびのびと輝いている。
あなたの創造性は、絵を描くことだけの中に閉じていない。 情報設計、ブランド戦略、プロダクトマネジメント、あるいは全く畑違いに見える営業企画やマーケティングの中にさえ、あなたの何もない場所からパターンを見出すというNiやNeの才能が猛烈に求められている場所はいくらでもある。 退路を断ってデザインの現場にしがみつくのが美徳ではない。自分のOSが最もストレスなく、最も高い出力を発揮できる場所に移動すること。それこそが、あなたの創造性で社会に最も大きなインパクトを与えるための、最も合理的な設計なのだ。
おわりに
あなたはデザインが憎くなったのではない。 正解がない暗闇を手探りで走り続け、自分がどこに向かっているのかわからなくなるその孤独な演算処理に疲れ果てただけだ。
時には、真っ白なキャンバスではなく、ある程度すでにルールと正解が決まっている世界の中で、パズルを解くように組み立てていく職域に退避するのも一つの生存戦略だ。クリエイティビティは、グラフィックの現場にだけ存在するわけではない。むしろ、論理とシステムを構築するような職種にこそ、あなたのその広がりすぎる思考のOSがピッタリとハマるかもしれない。
自分を「才能がないクリエイターだ」と貶めるのは今日で終わりにしよう。才能がないなんて、嘘だ。 あなたのセンスは決して死んでいない。ただ、言語化と要件定義という名の器から少しばかりこぼれ落ちてしまっただけなのだから。
※本記事は自己分析のフレームワークであり、医療的アドバイスではありません。
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この記事を書いた人
塚田 崇博
Aqsh株式会社 代表取締役
人材業界23年、累計1万人超の面談経験を持つ。ソシオニクス・エニアグラム・ソーシャルスタイル等の性格類型学に精通し、採用・育成・定着を一気通貫で支援。
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