
裏垢にしか本音を書けない君が、ぜんぜん悪くない理由
2つの名前を持つ現代の生活
仕事の休憩時間、トイレの個室に入って便座に座り、深呼吸をしてからスマホの画面を切り替える。 表のキラキラした公開アカウントから、アイコンがただの真っ黒な画像に設定されたフォロワーゼロの鍵アカウントへ。そして、もう全部辞めたい、上司の顔も見たくない、消えたいと指を滑らせてポストボタンを押す。
表のアカウントでは、当たり障りのない日常を共有しているはずだ。 週末に行った少し高めのカフェのショートケーキ、友だちとの旅行の楽しそうな思い出、仕事のポジティブな近況報告。いいねがつくと少し嬉しいし、フォロワーからのコメントが来ると、かろうじて社会との接点を感じることができる。
でも、本当に心の底から吐き出したい血の滲むような言葉は、そこには絶対に書けない。
仕事で理不尽に怒鳴られて悔しかったこと。友だちの結婚報告や出産報告を聞いて、おめでとうと画面越しに笑いながらも、心の中で自分と比べて深く絶望してしまったこと。将来のことを考えると漠然とした不安で息苦しくて眠れない夜があること。好きな人に勇気を出してLINEを送ったのに既読がつかなくて、吐き気がするほどスマホを何度も確認してしまうこと。
そういう、泥臭くて生々しい負の感情の吐き出し先として、もう一つのアカウント──つまり裏垢がどうしても必要になる。
フォロワーは3人か4人の数少ない親友だけ。あるいは完全にゼロ。強固な鍵をかけた、絶対にリアルの人間関係に見つからない小さなデジタル上の暗室。そこであの真っ暗な画面に向き合っている数分間だけ、あなたは本当の自分でいられる気がしている。
全員の8割が複数アカウントを持つ
裏垢を持つことに、社会的な後ろめたさや二重人格のような不信感を感じている人は驚くほど多い。私って性格悪いのかも、表裏がある嫌なやつなのかもと自分を責めている声は、X(旧Twitter)の検索窓を少し叩けば星の数ほど見つかる。
でも、安心してもらっていい。少しデータを見てほしいのだ。
2024年以降の民間調査によると、10代から20代の若者の約8割がSNSの複数アカウントを所持していることがわかっている。 つまり、裏垢を隠し持っていること自体は、現代においてまったく普通のことだ。むしろ、完全な実名やメインの1つのアカウントしか持っていない人のほうが、もはや天然記念物に近い少数派なのだ。
弊社の性格診断データでも、内向的な心理機能(I型)を強く持っているユーザーのじつに約70%強が、誰にも見せない壁打ち用の非公開メモアカウントや、推し活に特化した完全にリアルとは切り離された別アカウントを運用していると回答している。
内閣府の調査などでは、SNSの公開タイムラインの利用時間が長い層ほど自己肯定感が著しく低い傾向が示されている。表のアカウントで友人のキラキラしたハイライトばかりを見続けることは、24時間体制で他者との比較を強制される暴力的な装置に等しいのだ。 その無自覚なストレスから自分の精神を物理的に守るために非公開の場所を確保するのは、心が壊れるのを未然に防ぐ、極めて合理的かつ優秀な自己防衛行動と言える。
若者の間では表のSNS離れと裏のSNS定着が当の昔に同時に進んでいる。公開型の誰でも見られるタイムラインへの投稿は減少傾向にある一方で、親しい友人限定のストーリーズや、Discordのクローズドサーバーなどの半公開・非公開の空間での交流が主流化している。
これは現実からの逃避なんかではない。立派な適応だ。 不用意にオープンな空間で発言すれば、正義感を振りかざす見知らぬ誰かに言葉尻を叩かれて大炎上するリスクがある狂った時代に、安全な場所で本音を語ることを選んでいるだけなのだ。
もはや、目的別、推し活用、リアル友達用、仕事用、本音用とそれぞれに異なるペルソナ(仮面)を使い分けることが常識になりつつある。この使い分けを不健全だと感じている若者は少数派だという点にも注目してほしい。場面に応じて自分を自在に切り替えられる能力は、社会適応力の高さの圧倒的な証拠だとすら言える。大人が職場と家庭で無意識に言葉遣いや態度を変えるのと、本質的には何も変わらないのだから。
裏垢に書いているあなたのそのみっともない本音は、異常でも心の病気でもなく、命を繋ぐための至極まっとうな安全弁だ。
ペルソナという社会の仮面
ここで少し、心理学の話をしてみたい。
心理学者のユングが提唱した概念に「ペルソナ(Persona)」というものがある。これはもともと大昔のギリシャ劇で役者が顔につけていた仮面を意味する言葉で、ユングはこれを、私たちが社会的な場面で無意識にかぶっている人格の仮面だと定義した。
会社では真面目で礼儀正しい優秀な社員のペルソナをかぶる。友だちの前では空気が読める明るくて面白い人のペルソナをかぶる。家族の前では手のかからないしっかり者の長女のペルソナをかぶる。 そして唯一、真っ黒なアイコンの裏垢の中だけで、それらすべての重たいペルソナを脱ぎ捨てた素顔の自分が呼吸している。
ユングは、ペルソナをかぶること自体は、人間が社会を円滑に生きていくための非常に健康的な社会適応だと言っている。 問題は、そのペルソナが顔の皮膚にべったりと張り付いて固まりすぎて、いざという時に脱げなくなることだ。表のアカウントで演じている何事もポジティブに捉えるキラキラした自分が固着してしまうと、日常で発生したネガティブな感情の行き場が完全に消滅してしまう。
裏垢は、その行き場を失った感情たちの最後の避難所だ。 社会の仮面を脱いで、抑圧された自分である弱さ、怒り、強烈な嫉妬、泥沼のような不安を、誰の目も気にせずに安全に表現できる場所。
だから、裏垢に呪詛のような本音を書いている君は、心理学的に見てとても健全なメンタルハックを実行していることになる。抑圧されたマグマのような感情に出口を与えずに心の中に溜め込み続けると、いつか必ず致命的な決壊を起こして爆発する。裏垢という安全弁がなかったら、とっくの昔に精神が壊れていたはずだ。
いいねが作るペルソナの牢獄
ペルソナの強固な固着がどれだけ危険かをもう少し説明する。
例えば、職場でいつもニコニコしていて明るいキャラとして定着してしまった人。周囲は彼女のことを悩みのないいつも元気な人だと思いこんで無遠慮に仕事を振ってくる。でも本人は毎晩ベッドの中で明日の出社を考えて胃が痛くなり、静かに涙を流している。けれど辛いとも疲れたとも言えない。だって明るい人でいなければ周囲の身勝手な期待を裏切ることになるから。見捨てられるのが怖いから。
表のSNSアカウントでも、これと全く同じ恐ろしい現象が起きている。 一度ポジティブなキャラやオシャレなキャラとして無数のいいねをもらい始めると、ネガティブなことやみっともないことを書くことへのハードルが目に見えてどんどん上がっていく。何百人のフォロワーがいつも前向きで素敵な人と思ってくれている自分像を、自らの手で壊すことが怖くてたまらなくなる。 結果として、表に向けてニコニコ笑いながら、裏垢にしか本音が書けない歪な構造が完成する。
これは本人の意志が弱いからではなく、SNSの構造そのものがペルソナの固着を強制的に加速させているからだ。 プロフィール、アイコン、美しく整えられた過去のタイムライン。すべてが一つのキャラクターを補強する方向に設計されていて、そこから1ミリでも逸脱することを心理的に極めて難しくしているのだ。
自分は決して一つじゃない
裏垢に書いている真っ暗な自分が本当の自分で、表のアカウントで笑っている自分は嘘にまみれた偽物だ。そう感じて自分を嫌悪することがあるかもしれない。
でも、これは大きな誤解だ。心理学の専門家の視点から言えば、どちらも紛れもない本当のあなただと言い切れる。
そもそも人間の人格は、一枚岩の単一のものではなく、複数の側面(サブパーソナリティ)の集合体で構成されている。後輩に優しい自分も、すれ違った他人に意地悪な感情を抱く自分も、徹夜で頑張れる自分も、ただ布団で一日中スマホを見たい怠惰な自分も、全部が合わさって一人の人間という複雑なタペストリーを形作っている。
表のアカウントで見せている明るい自分は決して嘘じゃない。本当にカフェのケーキが美味しかった瞬間や、友人と笑い合った奇跡のような瞬間を切り取って投稿しているのだから、それは確かにあなたの一部だ。 同時に、裏垢で泣きながら吐き出している弱音や不満や上司への理不尽な怒りも、決して嘘じゃない。それも痛いほど確かにあなたの一部なのだ。
どちらが本物でどちらが偽物かと、二元論で悩む必要なんて何処にもない。両方がどうしようもなく本物で、両方ともかけがえのないあなたなのだ。
チャンネルの分散こそが安定
むしろ、表と裏の両方の顔をはっきりと持てているということは、自分の中に複数の感情を処理する独立したチャンネルを維持できているということだ。 一つのチャンネルだけで全感情を無理やり処理しようとすると、必ずどこかで処理落ちして破綻する。チャンネルが複数に分散されているほうが、心のシステムとしての安定性は遥かに高い。
これを少し違う角度から考えてみてほしい。 あなたが友だちの前で見せている顔。実家に帰って親の前で見せている顔。恋人とベッドにいるときに見せている顔。一人で深夜のコンビニを歩いているときの顔。すべて振る舞いも声のトーンも違うけれど、すべて本物のあなただ。 人間はそもそも、目の前にいる関係性によって見せる顔のモジュールを自動で切り替えるようにできている。裏垢はその延長線上にある、単なるデジタル上の別モジュールに過ぎない。
ただ気をつけたいのは、裏垢があなたの人生における唯一の本音の居場所になってしまうと、現実の人間関係がすべて誰かのためのペルソナだけで構成されてしまい、強烈な虚無感に襲われることだ。 もし自分の自己肯定感がなぜ低いのかを深く知りたいなら、こうした表と裏の乖離が極限まで広がりすぎていないかを点検してみてほしい。ギャップが大きすぎると、一体自分が何者なのかを見失いかけてしまう。
裏垢という命綱を誇れ
最後にはっきりと繰り返しておく。 裏垢は決して恥ずかしいものじゃない。ましてや、大人になったからといって無理に卒業すべき幼稚なものでもない。
もちろん、裏垢に書いた内容が特定の個人への執拗な攻撃や誹謗中傷であれば法的な問題がある。しかし、自分の情けない弱さ、仕事の理不尽な疲れ、将来への不安、押し潰されそうな寂しさをただテキストとして暗闇に吐き出すこと。友だちには絶対に言えない真っ黒な愚痴を文字にして視覚化すること。 これらは、現代社会における立派で完璧な自己ケアのリハビリテーションだ。
ポリコレや多様性の見えない同調圧力で常に言葉を飲み込んでしまう人にとって、裏垢は世界で数少ない安全な深呼吸の場所だ。そこを無理に取り上げられたら、本当に声の出し方も生き方もわからなくなってしまう。
大切なのは、裏垢の中にいる醜い自分を絶対に否定しないことだ。あのフォロワーゼロの小さな暗い部屋でうずくまっている自分も、太陽の下で表の顔を取り繕って生活している自分も、両方とも必死に生き延びようとしている愛おしいあなたなのだから。
あなたが裏垢で密かに育てているもう一人の自分は、社会の分厚い鎧を脱ぎ捨てた、一番柔らかくて傷つきやすい、赤ん坊のような本当の自分だ。
その本音を守るためのシェルターを自分でしっかり用意できているという知恵を、どうか誇りに思って褒めてあげてほしい。
🔗 あわせて読みたい
- ポリコレ時代の発言恐怖と生きづらさの正体
- 🔗 あなたがどんな環境で一番息がしやすいのか、240通りのタイプ別相性診断で関係性のヒントが見つかります。
※本記事は心理学的なフレームワークに基づくメンタルケアの考察であり、医療的な診断やアドバイスを代替するものではありません。強い抑うつ症状がある場合は休息を優先してください。
この記事をシェアする

この記事を書いた人
塚田 崇博
Aqsh株式会社 代表取締役
人材業界23年、累計1万人超の面談経験を持つ。ソシオニクス・エニアグラム・ソーシャルスタイル等の性格類型学に精通し、採用・育成・定着を一気通貫で支援。
診断ロジックの説明を見る →


